渡辺優「地下にうごめく星」を読んでほしい話
おはこんばんにちはレタスです。
今日は渡辺優「地下にうごめく星」の感想をざっくり書いていこうと思います。
ざっくり話を説明すると「東北で偶然地下アイドルの輝きに魅せられた40代のOLが、プロデューサーに転身し訳ありの子たちを集めるが……?」という感じです。
全体を通して描かれているのは「アイドルが人を救うこと、ひとりの人間の人生を大きく変えることは本当にある」だと思っているのですが、これも(なぜ「も」なのかはこの間の記事を読んでほしい)「アイドルが傷つきながら成長して最後には大きなステージを成功させる」って展開を期待してると肩透かしを食らうと思います。確実に。
ただ、「アイドルに救われた」経験がある人ならこの小説の一言一句ドンピシャに刺さると思います。
どういう訳かアイドルマスターSideMが好きな人って「SideMに救われた」って人が多い気がするので特に勧めたい。
(ここからストーリーのネタバレなど含みます)
物語中で主人公のOL・夏美が集めてきたアイドル候補生は、
・夏美が初めて見たステージで一番心惹かれたが、そのステージでグループの解散が発表された元地下アイドル、楓
・「女の子になりたい」からでも「理想の自分を表現したい」からでもなく将来への漠然とした不安から愉快犯的に女装をするようになった男子高校生、翼
・天国から派遣されたものの派遣先の家族が荒んでおり、社会での息苦しさを感じながら人間として暮らす天使、瑞穂
・元はそこそこ人気があった地下アイドルだったが、ユニットの活動方向の転換に合わせてプロデューサーから干されたアイドル、愛梨
の4人です。
3人目の唐突なファンタジックな設定にかなり戸惑うかもしれませんが最後まで読んだらある程度は飲み込めます。設定が良くも悪くもふわっとしてるので。
さて、この四人は方向性は違えど「今の人生への息苦しさ」を抱えています。
楓は、宝塚歌劇のステージに上がりたくてもそのチャンスを掴むことさえできなかった。
それでも夢を諦めることはできなくて、地下アイドルという場所にしがみついた。
翼は、夢ややりたいことがぼんやりした中で女装して「かわいい」と言ってもらうという楽しみを得たが、いつか自分の可愛さがなくなって、将来自分が社会に出ることへの漠然とした不安を抱えている。
瑞穂は、荒んだ家庭環境や学校への馴染めなさの中でアイドルという存在を見つけ、唯一の心の拠り所としていた。
愛梨は、アイドルとしての活動の現状を受け入れていたが、自分の容姿へのコンプレックスと「他人のスイッチをうまく押してコミュニケーションをとる」癖を見つめる機会ができたことによって、少しずつ現状に疑問を抱くようになる。
そんな4人は、アイドルに出会うことで少しずつ人生が変わっていきます。
最後にはアイドルユニットとしてデビューのお披露目をする前にこの4人は解散してしまうのですが、そこには確かに今までの彼女(彼)らとは違う、前に踏み出した少女(少年)がいるんです。
アイドルの歌や踊りのようなパフォーマンス。アイドルとしてのあり方。アイドルにもそのオタクたちにも熱気のこもったステージ。
そのどれかをピックアップしてもどこか足りなくて、アイドルという概念そのものが4人を救ったんだと解釈しています。
そしてこの作品は一言一句がオタクにグサグサ突き刺さる
また思い出したかのように見出し機能を使います。
まず冒頭に挟まれるプロローグがこの作品のテーマを体現している。
「我が命はこの一瞬に燃えるために生まれました。すべての苦痛はこの一瞬のために耐える価値があります。
たとえこの手が千切れたとしても、腕を振り続けたい。
喉から血が溢れたとしても、声を上げ続けたい。」
「苦痛とか忘れた。虚しさとは、はて?もう思い出せない。すべてが最高だということ以外、もう何もわからない。」
オタクから見た「自分を救ってくれる」アイドルを的確に表現している文だと思います。
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「夏美は自分の人生が好きだった。(中略)そこに飛び込んできた、ひらひらした衣装や大音量の音楽、眩いスポットライトを引き連れた少女。今怖いのは、彼女を失うことだけだ。」
夏美は初めて見たアイドルのステージで楓に一目惚れしました。そして、ライブに誘ってくれた後輩とそのオタク仲間に頼み込んで、リフトまでしてもらいながら必死に応援します。
それを「恋とはするものではなく、抵抗もままならず、真っ逆さまに落ちるものだと聞いたことがある。その点でいうなら、これは恋だ。」と形容しているんですが、これは本当だと思ってます。
推している形が所謂ガチ恋やリアコと呼ばれる形態でなくとも、「推そう」と決める瞬間は無抵抗なままにまさに「落ちる」んですよね。
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翼「俺は自分よりブスな女がアイドルなんて名乗ってステージに上がるのは見てられない性質」
何となしに始めた女装とはいえ「自分はそんじょそこらの地味な女よりはかわいい」というプライドがあったんですね。
わたしの普段のツイートとかをご存知の方はもうお察しだと思うのですが、こういうプライド激高人間に弱い。オオ……
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愛梨はかつて所属していたユニット「アイドルフレア」での活動で、小宮山というオタクから推されるようになります。
彼ははじめの頃は愛梨や他のアイドルたちと目を合わせることすらままならなかったのですが、次第にオタク仲間ができるようになり、愛梨視点からでも「楽しそう」と見えるようになります。
愛梨がプロデューサーから干されガールズフレアを脱退するときに、彼から言伝を受け取ります。
「(前略)アイリさんのおかげで、暗かった自分の毎日がすごく楽しいものになりました。
(中略)あなたの歌声に合わせて振ることができる、この腕があることが嬉しく思えました。あなたの名前を呼ぶことができる、この喉が好きになれました。使ったお金が皆さんの活動資金になると思うと、自分に最低限の労働能力があることが奇跡のように貴く思えました。あなたがステージに上がる一瞬に、自分が生きていることに心から感謝することができました。
あなたの前では、僕はすべての苦しみを忘れました。
アイドルになってくれて、本当にありがとうございました。(後略)」
ウ、ウワア〜〜〜〜〜〜〜〜(語彙を失うオタク)
推しが芸能界引退するってなったら一言一句違わずに全くおんなじこと書いてる自信がある
いやこれ書く機会は自分に巡ってこないでほしいんですけどね…………
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夏美「心から愛せるものを見つけてから、私はとっても狭量になっている気がする。」
「(プロデューサーとしての活動を始めてからの自分を振り返り)すごく、疲れるの。前は純粋に楽しかった。(中略)ステージの上はきらきらした特別な場所だと思って見ていたけれど、その世界をよく知るようになったら、なんてことはない、お金を払えば借りられるただの小さなステージなのよね。アイドルだって、ただの人間だし。でも、純粋にすごく楽しかったときの感動を覚えてるから、頑張って楽しもう楽しもうって、それがすごく、疲れる」
拗らせたオタクあるあるだ!
これはアイドルマスターのPやってると本当に痛いほど感じるんですよね。わたしが有り体な言い方をすると「プロデューサーごっこ」にのめり込み過ぎた結果なんですけど。担当が好きで、彼女/彼らを取り巻く作中世界に没入していけばいくほど、周りの適当な、あるいは親しみをこめたようなほんの少しの言葉でさえ許せなくなってくる。
結局「人は人、わたしはわたし」という落としどころを見つけて心の中に安住地を見つけましたが、それでも狭量な自分がいることには変わらないんです。
その苦悩する現状も楽しんでいることはここで描かれた夏美との決定的な違いであるし、そこは一応ことわりを入れておきたいんですけどね。
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まとめると、「アイドルに救われた経験がある」「若干拗らせたところがある」ドルオタなら楽しんで読める話なんじゃないかと思います。
拗らせたってアイドルは誰かを救うんだと信じて疑わない純粋な心は忘れちゃいないんです。
ドルオタじゃなくてもアイマスPは読んで損はないんじゃないんでしょうか。何となく感じただけですけど。
以上です。